出来なくて当たり前 出来たら男前

青年海外協力隊fiji野球隊員備忘録.小言戯言独り言。

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いつもの場所

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新年明けましておめでとうございます。

 

 新成人の皆様おめでとう御座います。 

 

 

 

私は都内で転居を繰り返した事もあり(当時の地元に友人もいなく)成人式に出なかったので大した思い出もないのですが唯一覚えているのは二十歳の誕生日を友人の家の駐車場で迎えた事。

 

一人暮らしの友人の家に入り浸っていた4人組で小さな車に背中を丸めて海まで行った思い出。

あの日は台風が接近していて大荒れの海を海岸から眺めながらパンツだけになって騒いだような。

文章にすると恥ずかしい話です。

 

 

あの頃はまさか自分が大卒で海外で働くなんて想像もしていなかった訳ですが、「人生何があるか分からない」とはよく言ったもので気がつけば海外で野球を教えているし通訳の仕事(のような事)もしたしコラムの依頼なんかも来る様になった。

 

2018年 24歳という節目の年にフィジーで沢山の方に出逢い色んな体験をし、沢山学ばせて頂きました。

有難うございました。とこの場に書き記した所で伝えたい人達には届かない事も多いので、どうにか違う形で返していけたらと考えております。

 

任期も残り半年となり2019年の半分は日本で過ごす事となりそうです。

就活も考えなければいけない所ですが、まずは目の前の活動を遣り切ってから

 

 

 

                                       

 

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 2年間の活動のメインのナショナルチーム

 

 

本来であれば今週までオーストラリアで大会に参加しているはずでした。

 

U12 Oceania-Champion ship  2018年度メインの活動のゴールを設定していた大会でしたが、参加国不足のため大会自体が中止。

2019年7月のW杯にはランク上位のオーストラリアが出場決定。

 

 

約2ヶ月。大会に向けて日曜以外ほぼ毎日練習してきた。

スポンサーも探してきて、ユニフォーム発注して…

 

任国内での活動では何度かこーゆう事もあった。

 

 

 

雨でミーティングが流れる。

フィジータイム(島国あるあるののんびりした時間)でイベントが遅れる。

サイクロンでイベントが中止。

 

 

 

 

ただ今回の大会は国際大会だし大会自体が無くなるなんて毛頭考えていなかった。

 

 

どうしようもない事なのだろうけど、直ぐに受け入れる事は出来なかった。

 

 

 

このニュースを同僚の口から聞いたのが12月の半ば。

やっと子ども達がチームらしくなり始めた大会の3週間前だった。

 

 

住んでいる家も停電し、同居人も出張で居ない中 1週間ほど一人落ち込んで居た。

 

あの1週間は本当に気持ちが落ちて料理も掃除も出来ずに真っ暗な家で寝る為だけに帰ってたくらいだった。

ご近所の皆々様方ににだいぶ助けられました有難うございました。

 

落ち込んでいたのは自分だけで選手たちは次の週から切り替えて練習にも笑顔できていました。

ちょっとくらいの嫌なことは忘れてしまう。

今目の前のことを楽しむ才能に本当に救われる。

 

こーゆうことは人生においても稀に起こり得る。

僕の人生でも何度も経験した。

ただ、だからと言って卑屈になるんじゃなく チャンスが来た時に飛び込める様に今出来ることを一生懸命やろう。

 

同僚が”大会中止”を子ども達に告げた時に話してくれたこと。

発展途上国に生まれ育った彼らは、我々なんかよりもよっぽど理不尽に耐えて来たのかも知れない。

 

 

 

ただ、この大会は2年という短い期間しか我々には与えられていない中での年に一度のビッグイベントであり「残念でした」では済ませられないのも事実。

このダメージは、この虚しさは「あんなに頑張った子ども達が不憫でならない」と言った類の物だけではない。

 

 

自分の教え子が活躍する姿が見たかった。

 

去年のU15の雪辱を晴らしたかった。

 

 

no-swing-no-hit.hatenablog.com

 

 

フィジー野球がどれくらい通用するのか見たかった。

 

その他諸々の色んな期待を背負っていただろうし、教え子たちと世界の舞台に立ちたかった。

 

 

 

悔しいのか哀しいのか虚しいのか今の自分の語彙力では表現できないけれど大会中止に至った経緯があまりに気持ち良くないものだった(特定の国の事など複雑な事情をここに書く事はしないけれど立場などを全部取っ払えるなら小一時間ほど文句を言ってやりたい)

 

 

ただ  ここまで任国に、チームに、教え子に感情移入が出来てるってのはいい事だ。と友人が教えてくれた。

 

これをただの仕事だと捉えるのなら面倒なイベントが一つ無くなっただけの話。

それを嬉しく思えないのは気持ちも彼らと一緒に在るからじゃないかと。

 

 

そう言われればそうなのかも知れない。

 

昨年も多くの人がフィジーを尋ねてきてくれた。

 

(大嶋の連携不足で来られなくなってしまったカズさん御免なさい)

 

トンガ、サモア、バヌアツ、マーシャル、ミクロネシア、、キリバス、日本から

 

同期、母親、元プロ野球選手、新聞社のジャーナリスト、大学院生の団体

 

 

 

ここ1ヶ月で5回もスバ市内を案内した。

 

 

運よくフィジーは協力隊の入っている(大洋州の)どこの国からも来る事が出来る。

日本からも直行便がある。

 

 


 

外から誰かが来ると決まって案内するのが夕方の海沿いとマーケットの2階。

 

 

決して綺麗とは言えない首都の海も、夕方だけは綺麗にみえるし

 

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朝焼けと夕焼けが見られるのは海沿いに住んでいる者の特権。

2階から見るマーケットの果物売り場も曜日によって景色が変わる

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木曜日はもう少し彩り豊かなんだけどな

 

自分の好きな景色を見てもらいたいし、少しでも好きになってくれたら嬉しい。

 

プロ野球選手が来てくれた時に食べたマーケットのパイナップル

 

「今まで食べたパイナップルの中で一番美味しい!」

 

あの言葉が一番嬉しかった。

 

 

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⬇︎北篤が行くフィジー野球紀行⬇︎ コーチのコラムです。

http://www.giants.jp/smartphone/G/column/36026.html

 

 

 

 

大して案内できる所も無いのだけれど、ここがアレでこっちを曲がるとあれがあってと説明したくなる

 

自分の地元に友達が遊びに来てくれた様な感覚

 

 

いつからかここが帰って来る場所になっているし、フィジーは自分の住む国になっている。

 

 

 

協力隊の良いところは当事者意識が生まれるところかも知れない。

 

日本に居たら海外の問題なんて頭の片隅にも置かれないだろうけど、自分の住んでる国となったら話は別だ。

 

自分の国の問題は放って置けないし、自分の教え子の事だから文句も言う。

 

当事者意識が芽生えてるから。この国に住んでいるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

https://www.instagram.com/p/Bi7yMOXhkhaeImnKUhkzHEV7wNg8nyCyF3dFuM0/

カメラマンの遊びに付き合ってたら被写体にして頂きました。With the Southern Cross#fijilife🌴🌺

 

「見て、いつもの場所に星がある!」

 

少し前に夜空を見上げた時に同期が言った一言。

 

何の星座だったのか憶えていないが、スバの空には珍しくそこにハッキリと見えるものがあった。

 

“いつもの場所”が何処なのかも僕には分からないが

 

日本からは見えない空がそこにはあって、それが僕のアナザースカイになっている。

 

今ではフィジー“いつもの場所”になっている。

 

 

 

 

 

 

あと半年で何が出来るだろうか。

 

寂しさと楽しみな気持ちが入り混じった2019年のスタートです。

 

 

 

 

 

http://world-diary.jica.go.jp/oshimakento/7.php

JICAの世界日記にわざわざメッセージを下さった方。

侍ジャパンのコラムを読んで連絡をくれた方。有難うございました。

http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20181207_1.html

 

 

遂にこちらのブログにもファンだと言う方が現れました(笑)

正確には友人の旦那さんが読んでくれていると言う話らしい。

 

 

何処かの誰かに向けていると言うよりかは備忘録程度に残しているこちらのブログさえも、楽しみにしてくれている方がいると言うのは励みになります(正直照れ臭さが勝ってます)

 

いつかもっと大人になって読み返した時に馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうのか、恥ずかしくて顔から火が出るのか楽しみです。

 

 

 

 

キリスト教の聖書の中にこんな一文がある。

 

Somebody every time looking at you , then reword to you.

 

善い行いもそうじゃない行いも全部誰か(神様)が見ていて、それは自分に帰って来るんだと。

:一部省略

U12の大会は無くなってしまったけどここに居る皆んなは練習に来続けた。

だから今回コーチ(元プロ野球選手)が来てくれたのかもね。

 

 

 

12月の終わりに元プロ野球選手が来てくれて野球教室を開いた際に子ども達にこんな話をしたのを、この記事を書きながら思い出しました。

 

 

「あの話がそのまま自分に帰って来たわ」とそんな心境です。

 

 

とは言えあまり意識せずにマイペースにやって行こうと思います。

 

相変わらずの駄文ですが最後まで読んでいただき有り難うございました。

 

 

2019年も変わらぬお付き合いの程どうか宜しく御願い致します。

 

 

NO SWING

NO HIT!!!!!

 

どんなときも

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「師走」という事でこちらフィジーで珍しくバタバタと忙しい日々を過ごしています。

12月に入り日本の“手袋をつけたりマフラーを巻いたり”と言った冬の装いが懐かしいです。(フィジーはめちゃ暑い時期)

 

 

2018年も残すとこ3週間となりました。

 

最近は活動(野球)の方が忙しい(という体)のでブログを長らくお休みしていました。

 

とは言え何もしていなかった訳ではなく他からの寄稿依頼などを受けて記事は書いていました。

頼まれたら断れないタイプなんでしょうか。

http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20181207_1.html

www.japan-baseball.jp

🔼侍ジャパンの公式HPで記事を書かせて頂くことになりました。

前任の隊員の記事も残していただいたので比較しながら変化や成長などをお伝えしていけたら幸いです。

http://world-diary.jica.go.jp/oshimakento/6.php

world-diary.jica.go.jp

 

🔼JICAの世界日記では活動(野球)以外のことも書いているのでそちらも是非。

 

そのほかにも共同通信社様の方からも依頼を頂きフィジーについて記事を書かせて頂きます。(そのうち日本の新聞に掲載されるはずです)

 

 

こんな感じで野球以外の部分でのデスクワークの時間が増え、お陰様で買い換えたMacも少しずつ使いこなせるようになってきました。(5年前までダブルクリックが出来なかったのに)

 

もちろん活動の方も忙しくやっております。

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11月途中からスクールブレイク(夏休み)に入り子ども達がわんさか来るようになりました(普段からきて欲しい)

 

来月のオセアニア選手権に向けてU12ナショナルチームの練習も毎日行っています。

youtu.be

⬆️️️22分頃より ナショナルチームの活動について喋ってます。

 

 

当たり前のように書きましたがナショナルチームが国際大会に出られるのは決して簡単な道のりではなくって、選手選抜やら道具の確保やら資金の工面やら書類の作成やらと色んな道のりをクリアしてやっと出場できるのです。

人口90万とは言え一国の代表チームの遠征を実質二人しかいない野球協会で管理運営するのが大変なのは想像に易い。

私はナショナルコーチとしてグラウンドで、同僚はマネジメント業務に奔走。

ビザやらパスポートやらの書類関係の多くは同僚に丸投げで今年も自分はグラウンド担当。

 

彼がいてくれるからグラウンドの子ども達に集中できる。ありがたい。

 

 

とは言え自分にもできることがあるはず。

と思い、地道にやってきたスポンサー探し。

 

在フィジー日系企業から良いお返事がいくつか返って来ております。

先月までに3社の経営者、担当者様から協賛のお申し込みを頂きました。

 

私自身に社会人経験が無いためにメールのマナーなども分からず失礼な文面もあったかと思われますが、丁寧にお返事をくださる企業の皆様には頭が上がりません。

 

日本の有名企業や世界的企業にもメールを送りましたがあっさり断られるばかりでしたが中にはアドバイスを下さる方もいらっしゃいました。

 

“企業理念と異なる部分がある”ということで協賛自体はお断りをされたのですが、その上で御教授頂いたお話がとても考えさせられるものだったのでご紹介させて頂きます。

 

 

私達が出来る事は動きが困難になった車輪に油を少し注ぐだけの事です。

後は、彼らが本来持っている力でその車輪を回していく事。

どんなデコボコ道も自らの力で前進していける(経済)力を身に付ける事が大切だと思っています。

(途中省略)

それぞれフィジーの未来に向けて様々な形で援助活動を継続していく事は大変ですし大切な事に変わりありません。

互いの場で共に頑張っていきましょう。

 

 

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我々ボランティアはあくまでもバックアップであってメインに立つ存在では無い。

 

そんな基本的な事を改めて思い出させて頂き自分を省みるきっかけになりました。

 

 

 

 

 

 

正直自分の活動任期を考えて(残り半年)焦っていたのかもしれない

 

配属先や活動対象者のことよりも自分の事を考えている部分も無かったとは言い切れない

 

活動で目に見える何かを残したっかたのも事実

 

そういう意味ではスポンサーを獲得できたのは自分としても(配属先としても)良かったのかも知れないが

 

必ずしもそれがた正しい選択だったかは解らない

 

 

でもまぁいいんじゃないかな

 

いつも正しい選択をできる訳じゃないし

何が正しいかなんて解らない

 

解らないけどやってみる

解らないからこそやってみる

 

と思わせてくれました。

 

同期がふいに聞かせてくれた歌に感謝

マッキーは偉大

 

 

 

 

 

どんなときも  どんなときも

迷い探し続ける日々が

答えになること
僕は知ってるから

 

 

 


ロペピクニック「どんなときも。song by 松岡茉優」ミュージックビデオ

 

 

 

ボランティアという身分ではできる事が限られるけどできる限りのことはやりたい

 

 

 

 

企画や事業が走り出す事を自転車に例える人がいる

 

いつだって最初の一漕ぎが一番重いし、止まった状態から動き出すのはしんどい

 

 

 

最初だけ背中を押す

 

ちょっとだけ引っ張る

 

 

 

走り出すまでしか手伝えないけど

 

それくらいはやらせてもらうぜ

 

NO SWING

NO HIT!!!!!

 

This is me

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日本に一時帰国した際に機内でグレイテストショーマンを観てからというものミュージカル調の洋楽を聴き漁ってます。

 

ヒュージャックマンの筋肉isアコガレ

 

from now onやnever enoughも凄く好きなのですが1番はもちろん

 

This is me

 

洋楽を聴いてアメリカナイズされ尽くした自分には、このちょっと言い過ぎくらいの歌詞が刺さる‼︎

 

This is who I’m meant to be, this is me.

これが私のあるべき姿。これが私よ。

 

I make no apologies, this is me.

謝ったりしないわ。これが私だもの。

 


The Greatest Showman | "This Is Me" with Keala Settle | 20th Century FOX

 

今週から市内の中学校で体育の授業(野球)をやらせて頂くことに。

学校に挨拶に行った際にお茶会(ティーという休憩時間)でオーストラリア出身のおじいちゃん先生と話す機会があった。

 

大嶋「体育の授業で野球を…自己紹介…」

 

先生「わしゃソフトボールをやってたじょ」

 

大嶋「ぜひ一緒に!」

 

先生「野球はフィジーで流行ってるのかい?」

 

大嶋「流行らせに来ました(笑)」

 

先生「裏の小学校の子どもは時々野球やってるよ?」

 

大嶋「え?体育の授業とかで?」

 

先生「知らんけど。ほら先週も(写真)」

 

大嶋「これ僕ですわ‼︎」

 

大きめのThis is meが出てしまった(笑)

 

 

続きを読む

Expect

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平成最後の夏休みがいよいよ終ろうとしています。

 

大人になると宿題とかいう不毛な存在が無いから良かった。
そもそも夏休みなんてないんですけど。

 

スクール休みは我々スポーツ隊員の活動が一番忙しくなる時期。
午前中から日差しに曝されて丸焼き状態。選手も暑い中よくやってました。
子どもの頃からこの時期はまっくろくろすけでした。

 

そんなわけで本日は こちらFijiの冬休み最後のビッグイベントについて…

 


2ヶ月に一度野球協会の教え子と日本人の皆さんとで行っている交流試合Japan-cup。

今月は、BULA-JAPAN(日本―Fiji直行便)の再就航を記念して大使館との共催イベントになりました。

Fiji-Japan Friendly Baseball Challenge

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我々の教え子達は普段から日本人(大嶋)と関わっているし、2か月ごとに交流戦で日本人と顔を合わすし、多くの野球道具も日本からのドネーションで頂いたものということもありJapanとの繋がりが比較的強いです。

 

中でも前回の投稿の世界少年野球大会に参加した選手は「実際に日本に行ったことがある」という経験から挨拶程度の日本語を話したり、私のマネをしてお辞儀をしたり人の名前に「○○さん」を付けたりします。

実際に何人かは私のことを「ケントさん」と呼んでいます。


試合後のクリーンアップ(ゴミ拾い)中にイベントに参加してくれた隊員が「ケントはどう?」て選手に聞いたそうな。

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みんな口を揃えて「He is strict !」って嬉しそうに話してたとか。

 

「やっぱり」という印象でしょうか。
日本に大会で行った時に出迎えてくれた日本人スタッフと比べたら そら厳しいわな!

そりゃ出来ることならずっと笑顔で居たいですし優しく接したいですけど選手として期待している分、求めるものがある以上は厳しくなってしまうのかも。

彼らにとっては人生初の日本人。厳しい印象くらいで良いのかもな。

 


そして今週Fiji国内にある日本のNGOに行って来ました。

OISCA|公益財団法人オイスカ


少し前にマングローブの植林体験をさせて頂いた際に出来たコネクション

 

no-swing-no-hit.hatenablog.com

 

“日本から支援者のツアーが来る”ということで交流試合(ソフトボール)をすると聞いて飛んでいきました。

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自分の教え子以外に野球やソフトボールをやっているという話は国内では殆どないことだったので、今後の活動が広がることを視野に入れて視察に行きました。

町の大通りからマイクロバスに揺られること3時間。
村の小さな小学校で50人弱の全校生徒に迎えられてのセブセブ(カヴァを飲む入村の儀式)


野球協会としてはバット4本、グラブ3個、キャッチャー防具、硬式ソフトボール3つを贈呈させて頂きました。

 

高学年20人程度と日本の支援者の試合をドローンを飛ばしたり守備位置の指示を出したりしながら2時間ほど眺めていた。

 

村の子どもたちも身体能力は高く、みんな楽しそうにソフトボールをやっていた。

村への滞在もあっという間に終わり帰路に。

技術指導的なことは殆どせずにただ子どもと遊んでいたので彼らからしたら“ただ遊んでくれた優しい人”って感じなんだろうな。

 

町に戻って同期のお喋り番長の家で朝5時まで語らった際にこんなことを言われました。

みんな活動とかで上手くいかなくて気分が落ちるのは相手に期待しているから」
(俺は5代目だから配属先の受け入れ態勢がみんなより整っているのもあって、大きな変化を期待していないから落ち込むことも無いよ)

腑に落ちる話だった。


どうりで今日の野球は楽だったわけだ。


他意はなく、初めて会って2時間一緒に過ごすだけの関係に期待は持たない。

もちろん今後の活動に繋がる貴重な経験をさせてもらったのは事実だ。
当然ちゃ当然だが、普段の教え子達との関係を考えたらかなり薄い対応だったかもしれない。
少なくとも「He is strict !」とは思われていないはず。

 

ある程度の距離を置いた関係だから何をやっていても何をやっていなくても気にならない。

楽なわけだ。

 

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自分の責任下にある子どもには厳しくするけど、責任下にない子どもの子ども(孫)に甘くなる祖父母のようなものだろうか。

 

どっちが良いのかはわからない。

1年経っても迷うことは多い。

相手を変えられるとも思ってないけど、このままで良いとも思ってない。

 

他人と過去は変えられない。

変えられるのは未来と自分だけ。

 


期待したって裏切られることの方が多いけど、それでも期待し続けていきたいとも思う。

 

同僚にも、教え子にも、自分にも

 

 

NO SWING
NO HIT!!!!!!!

 

ただいま

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Bula vinaka

一昨日フィジーのニュースで活動の一部が紹介されました。
テレビ出演は4回目(チラッと映り込むのも含めて)なのですが
相変わらず緊張しまくってかカメラに寄りすぎています。
土曜日に大嶋の活動の中でもかなり大きなイベントがあり、そのことについて取材を受けました。

 24分くらいから映ってます。

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一昨日の甲子園決勝。歴史的瞬間を実はFiji で観ていました。


赤道付近の国でもリアルタイムで日本の番組(たぶん甲子園だけ)を見ることが出来る時代です。
我々隊員の家にはテレビなんてないのでPCで電波を引っ張ってなんやかんやして見てました。

いいなぁ甲子園。満員の100回大会。ついこの間までそこにいたなー。

ってことで2週間ほど一時帰国していました。」というお話を今回は急いでまとめます。

 

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WCBF主催の第28回世界少年野球大会 松江大会 に教え子が参加してきました。

一般財団法人 世界少年野球推進財団:概要 -About WCBF-

https://ja-jp.facebook.com/wcbf.jp

この大会は“世界の王”(王貞治さん。ソフトバンクホークス取締役会長)のゴニョニョ

2017 WCBF Yokohama - YouTube ☜は昨年のものなので大嶋の教え子は映っていませんが、日本の団体がこんなことしてます。という意味でも見ていただけたら幸いです。

 

野球の発展途上国から選手を集めて9日間で技術指導をしたり文化体験をしてもらい交流する夢のようなツアー。
子どもたちと引率の大人1名は渡航費、宿泊費、食費その他全部タダで日本に行けて子どもたち野球道具一式とユニフォームとG-Shock支給されて至れり尽くせりの感謝カンゲキ雨嵐

 

というのは選手側の事情。

 

こちらはとういうと。
招待を受けてからパスポートやらトランジット先のVISAの申請やらなんやかんやがあってバタバタして大変でした。


同僚がいなかったので子どもたち連れて大使館にいったり各家庭を回って戸籍謄本を集めたり…(☜忙しいので割愛)

野球の指導以外の仕事が増えた時期は英語で埋め尽くされた書類を見る度に「日本に行くんだから日本語にしてくれよ!」と心の中で叫んでいました。


最後の2週間は野球をせずにメケ(伝統舞踊)の練習をしていました。


出発の前日に選手の家族が自宅にやってきてカヴァパーティーを始めた時はどうなるかと思いましたが、この日本遠征を通して選手とはもちろん選手の家族とも距離が近づいた気がします(良くも悪くも)

 

 


選手は島根県松江市で9日間野球をしたり観光をしたり異文化に触れてハッピー万歳の時間を過ごしていたはずです。


私は自費での帰国遠征になったので少ししか一緒にいることは出来ませんでしたが
それでも一緒にグラウンドに入れていただいて取材をすることが出来たので、その時に目にして耳にしたことを綴ります。

 

 

  • 行きの飛行機(メルボルン~成田)10時間座っているのに耐えられずはしゃいで怒られる。
  • 飛行機の座席の下に枕をひいて寝る→バレて怒られる。
  • 初めての大浴場に興奮して服を着たまま飛び込んで注意される(引率のコーチ)
  • 箸が使えるようになって自慢するも他の国の選手も当たり前のように使っていた(アジアの選手かな?)
  • お寺に行って座禅を組むも足が痺れて崩れたところを棒で叩かれる。


野球をしにいったのにグラウンド外のことが多すぎて笑いました。

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私が島根入りした時には既にFiji の選手たちはいろんな意味で有名になっていてました。

一つひとつの行動がとにかく遅いとか、宿舎内でも大声で歌ってるとか
日本に来ても臆することなくいつも通りの自分たちで居られる彼らは流石です。

練習の際に、 いいプレーをした選手にハイタッチをしに行ったら躓いた勢いで相手の頭を引っ叩いてしまう。というシーンを実際に目の当りにした時は腹を抱えて笑いました。

本来であれば注意して謝らせるべきでしょうし、こんな話ばかりを聞くと「申し訳ありません」と頭を下げるべきなのでしょうが
私も1年Fiji にいると染まってきてしまうもので「面白い」が先に来てしまって注意どころではなくなってしまいます。

 

どこの国だって10歳くらいきっと皆やんちゃ坊主だろうし、細かいことを気にしないのが彼らのいいところでもあります。


相手の選手に「ごめんね」と言いながらも「うちの選手はおもろいわやっぱ」とどこか誇らしい自分が居ました(笑)

 

それでも野球をやらせたら身体能力は高いので自分より体格のいい選手のボールも外野の奥まで飛ばすし、他の国の選手は誰も出来ないのにFiji の選手だけヘッドスライディングをするし

彼らが目立った活躍をするたびに「僕の教え子なんです!!!!!!」と自慢したくなるのを必死で抑えていました。

 

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フィジーに戻って選手の父親と話した時に


「日本から帰ってから息子が見違えるように変わったよ。
 朝起きて顔を洗ったら外に飛び出して遊びまわるようなやつが、今では母親の手伝いをするようになったんだ。日本はなんてすばらしい国なんだありがとう。」

と感謝されました。

別に自分が何かしたわけじゃないし、むしろ俺の言うこともあんまり聞かないわんぱく小僧だけど

何かを経験して自分の中で何かが変わったんだとしたら、日本に連れていって良かったのかな。
(オレが連れていったわけじゃないけど日本に行く選手を選んだのは事実)

 

今回日本に行った選手が将来Fijiの代表選手になって日本で再会出来たらな…そんな日が来ること祈っています。


仕事以外でも日本を十二分に満喫しました。

結婚式の3次会で吐くまで飲む。迷惑かけてすみません。ゲ〇をかけた人が居たらもっとすみません。
西東京大会の決勝で感動する。
温泉プールで卓球に勤しむ。餃子食べ放題。カラオケでプリキュア
倉敷に行って水害のボランティアをしようと試みるも準備不足で何もできずにヒッチハイクで帰る。
スーパー銭湯で飲むヨーグルトを大人買い
甲子園で盛り上がってるアルプス席に再入場。
待ち合わせの新宿でドタキャン食らう。
後輩を呼びすぎて財布が空になる。
ドローンを公園で飛ばして怒られる。
一眼レフのレンズを落として御釈迦にする。
24歳になる。日フィ合計で誕生日を6回も祝ってもらいました(笑)

https://www.instagram.com/p/Bmx2CGtDYGY8GpjE8aUhcon7qvhvOk9dLezIpk0/

今更ですが7/28〜8/13で一時帰国しました。仕事もあったり人にも会ったりで自宅のベッドで寝たのは3回だけ。「もっと写真を撮れば良かった」という後悔から一眼レフデビューを果たしたもののフィジーの空港で早速レンズを壊しましたアーメン。誕生日も6回祝ってもらってハピネス。平成最後の大嶋に会って下さった皆様ありがとうこざい真下

日本を満喫しすぎてお腹いっぱいで最後の方は早くフィジーに戻りたいとも思っていました。

仕事を残して行き過ぎたので不安だったのが本音ではありますが(笑)

ここFijiは私のアナザースカイになりつつあります。

 

ただいまフィジー

またね日本

 

平成最後の大嶋に会ってくれた皆さんありがとうございました。
会えなかった皆さんは新しい年号の時に。

NO SWING
NO HIT!!!!!!!

いっしょに

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JICAの方で中間報告会があり久々に同期が顔を合わせました。
バタバタして自分の内容は上手く伝えられたかわからないけど同期の活動を知れていい刺激を貰いました。

 

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先日、人生初のフルマラソンに挑戦してきました。
 
以前ハーフマラソンに挑戦して捻挫してからというもの 走るのが怖くて怖くて
 
 

 

no-swing-no-hit.hatenablog.com

 

 

 と言いながら日々の活動で走り回って休日にはバスケだのテニスだのフットサルだの
休み時間の小学生ばりに動いていたら捻挫したことすら忘れ、つい先月は8キロランにも参加していました。
というわけであれ以来の長距離走というわけではないのですが
距離が距離だけにやはり怖い。
 
ラソン - Wikipedia
 
42.195㎞⁉ なんでそんな半端な距離なの?
という疑問と同じくらい誰しもが思うこと
キツそう…
 
シンプルにキツそう
「そんな長い距離誰が走んねん」とずっと思ってたけど
世界中で同期隊員が走ってる走ってる
 
何が彼らを駆り立てるのか(笑)
そんなわけで大嶋も漏れなく挑戦してきました。
 
 

フルマラソンに挑戦するにあたって決めていたことがありました。
 
それは 我慢しないこと
 
ハーフの時は「スポーツ隊員なのに歩くなんてカッコ悪い」という謎の強がりから、痛みに耐えられなくなるまで走り続けたせいでケガが大きくなったし

結局歩いてしまったことへの罪悪感で自己肯定感はガタ落ちだし
と、心身ともにダメージを負ったので
 
今回は我慢せず「疲れたら歩けばいい」と決めていました。

歩いてもいい。また走りたくなった時に走ればいい。我慢はしない。
スタート時にバタバタしてトイレを我慢する結果になりましたが
 
そしてもう一つ。
「皆にパワーを」というスローガンを掲げていました。(こっそり)
 
というのも今回のマラソンに挑戦したJOCVはけっこういて
JICAの関係者も大使館の方々もそうでない邦人も
 
運動が得意なわけではないのに挑戦していたり
バスで6時間もかけて来ていたり
登録してないけど一緒に走りたいとか言う人もいたり
体調悪いのに離島から飛行機で来ていたりと様々
 
その点自分は首都赴任なので地元開催のイベントに早起きして参加しているだけ
主都在住の最年少スポーツ隊員として一番いい条件で臨める状態でした。
 
だったら、ただ走るんだけじゃなくて何かしたいということで
駒ヶ根訓練所でもやっていたハイタッチをしようと決意!
実際は人が多くてハイタッチも数回しか出来ませんでした。
 
スバマラソンは片道5キロちょっとの海岸を4往復するというルートなので「何度もできる!」と安易に考え決行!

最初からかっ飛ばして日本人とすれ違う度に「がんばれ!」とか「あとちょっとで給水所!」とか「楽しんでいきましょ!」とか
何かしら声をかけようとしていました。
 
給水所でもボランティアの人とハイタッチをしたり
カメラを向けられてはお道化てみたり

周りの人も楽しければ良いな」と思いながら自分が一番楽しんでました。
 
 
始めは余裕があるから何でもできるけど
 
苦しい時こそ「皆にパワーを」
"これが俺の役割”くらいに思って
実際、色んな人に声をかけてたおかげで同じくらい声を返してもらえてパワーを貰ってた。
 
 
それでも溜まる疲労と乳酸
歩いて走って走って歩いて
 
なんとか30キロ地点を過ぎて最後の1往復というところでふくらはぎが攣って歩くのもやっと状態に
 
 

そんな時にすれ違った同居人
 
 
もう結構まえから歩いているのは知っていたけど足取りが重い
 
自分より8個も年上の同居人は重たい足をどうにか前にだしているという感じだった。
 
 
あの状態で残り10キロ以上あるけど大丈夫か?と心配になった
 
 
やっと声が届く距離になって彼は言った
 
「間に合わないかも」
 
我々が参加したスバマラソンには制限時間があった。
5時半にスタートし12時にはゴールが片づけられると言う。
 
彼はそのことを言っていたのだ
 
残り時間は2時間半ほどで13~4キロ
普段なら普通に歩いても余裕な距離だが、すでに4時間半動かし続けた足は限界のように見えた。
 
(このままのペースじゃ間に合わないかも)
そう判断した上でまだリタイアを考えていないことが凄いと思った。
 
自分だったら諦めてしまうのではないだろうか
「間に合わないかも(しれないけど歩いてもう1往復行くわ)」
そう顔に書いてあった
 
もうゴールが見えている自分よりもいい表情だった。

「大丈夫!間に合うよ!がんばれ!」根拠はないが口がそう動いていた。
 
 

同居人はハイタッチしながら「がんばろう」と言ってくれた。
 

「ああ。この人は一緒に走ってるんだ」 そう思った。
 
 
 
色んな人に「がんばれ」と声をかけていた自分は
みんなそれぞれに目指すものがあって走ってる。
個人の、己との闘い。 そう思ってた。
 
でもこの人は違う。
 
こんなに辛い状況でも。こんなに離れていても。一緒に走ってるんだ。
「一緒にがんばろう」って言ってくれるんだ
 

あの「がんばろう」は刺さった
きっと忘れない。
いつか忘れるその日まで(笑)
忘れるのが嫌だからこうして書いて残しているんですけどね
 

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その後運営側も片づけを待ってくれてなんとか皆ゴールすることが出来ました。

同居人がゴールした時のあの感じ。
あの雰囲気。
 
頑張るっていう言葉が適切なのか判りませんが
頑張ってる人って素敵ですよね。

一本しかないバナナを半分くれる優しさとか
最後まで諦めない姿勢とか
体調悪いのに力強いハイタッチ返してくれたりとか
 
 
個人の闘いと言いながら色んな人にいっぱいパワーを貰いました。
 
「皆にパワーを」あげるつもりが「皆からパワーを」もらってました(笑)
 
ちょっとずつ返していかねば。
今度何かの時にお返しします🐖
 

今回のマラソンで現地人のお友達も出来たので、そのエピソードは別の場所で。
 
http://world-diary.jica.go.jp/oshimakento/person/post.php
 
この度JICAボランティアの世界日記というウェブページに寄稿することが決まりました。
自分以外にも多くのボランティアが世界の隅々で体験したことなどを綴っています。
もっとフィジーを身近に感じてもらえるようにちょっとずつあげていきますので宜しくお願い致します。
 
次こそ活動(野球)の記事を書きたい。
 
NO SWING
NO HIT!!!!!!
 
只今、活動と休暇を兼ねて一時帰国をしております。
日本人の多さ、飛び交う情報の多さに酔っております。
8月14日まで国内にいますので会ってくださいませ。

 

 

 

”知っている”のと”解っている”は違う

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ずっと返していなかった相手に送るLINEとか
筋トレをサボってた後のダンベルを持ち上げる時とか
そろそろ掃除しないとホコリだらけになってそうな押し入れとか

何でもそうですが、間が空くと腰が重たくなるものですね。
「書こう書こう」と思いながら暫く書かずにいたせいで
「いつもどんな書き出しだったっけ?」と自分のブログを自分で読んでしまいました。
前回の記事から50日ほど経ってしまいました。

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2日目に入った古着屋で一発目のギャグ。Fijiの挨拶ブラ。

 

Fijiに来て380日ほど経ちました。
そろそろJICAの隊員として中間報告があるので、1年を振り返ってはパワポに書き込んで写真を掘り起こしては懐かしんで思い出して反省したりしていました。

 

https://www.instagram.com/p/BlDEqKbjP8jugLRkncGFEcW-QocRBlTQBVY4fU0/

フィジーも2年目。あと1年。Do what you can.Do what you want.Choose the road which hard one for you enjoy.Looking for my worth at Fiji.

 

1年もいると「何月は何をやったとか、あの時はどこへ行った」みたいな判りやすい思い出が書き出せるくらいできます。

 

先日少し家を空けることがあり3日ぶりに自宅に戻った際に

「帰ってきたー。自宅サイコー。」みたいな感覚に襲われました。


離島のホテルや隊員の家にお邪魔してたとは言え、信頼できる日本人と一緒にいた時よりも誰もいないへんてこ住居の方が落ち着くというのはなんでしょう。


住めば都 ってやつでしょうか。そうです都です。
自分で「自宅」と書いてることに驚きです。


天井はボコボコだし
アリは大名行列ばりに出るし
水漏れはずっと直らない
へんてこ物件でも1年も住めば“自宅”です。

 

ウクレレにギターに縄跳び
サッカーボール、バレーボール、バスケットボール
テニスラケット二つに卓球のラケットが4つ
大量のグローブとバットが3本
空気の抜けたバランスボールと20キロのダンベ
断水時対策の貯蔵水1.5L×50本
無駄に増えた調味料と時々減っていく食器
色褪せたカレンダーとカーテンの無い窓
日焼けした様な壁と破られた地図

地図を破りに時々帰ってくる猫

 

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控え目に言っても都。いやMIYAKO。

 

ミヤコちゃんとの想い出を振り返るように報告会用に資料を作るために1年間の手前の活動などなどを省みていたわけですが

 

圧倒的反省と後悔の連続

 

やろうと思っていたけどなんやかんやで出来なかったこと の類が多すぎる


なんでもかんでも安易に「やろう」と思いすぎる


「やろう」思うくせに実行する前にアレコレ考え過ぎる


結果ビビってやらない(やれない)
いつの間にか忘れる

 

 

考える前に身体が動くタイプの人が羨ましいとまでも思う。

 

 

 

 


隊員仲間の住む離島(第二の島)に行った時
非常に怖い思いをした。

 

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フィジー国内のお祭りでよく見かけるアトラクション


アトラクションと言えば聞こえはいいが事情は猛スピードで回る小型観覧車

南米に派遣されている同期の隊員のFBでも見たことがあるから途上国では流行っているのかもしれないが、日本だったら企画の段階で却下されるやつ

 

乗らなくても分かるレベルでヤバい。
素人でもわかるレベルのヤバさがYABAI。


ヤヴァイ。

 

 

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停まったのが幸か不幸かてっぺんだったので

3人掛けのシート(鉄製の網を組み合わせたもの)が
およそ観覧車とは思えないスピードで4~5分回り続ける


身体を支えているのは腰の位置に添えられた細いバーのみ


自転車のハンドルよりも細いバーを全力で握りしめて
あと何分後かわからない“その瞬間を”待ち続ける地獄

 

 

ちゃんとした高所恐怖症の私は


オーストラリアのケーブルカーをふざけた野郎(友人)に揺らされた時は人目を憚らずにブチギレたことがある

 

大学の卒業記念にフォレストアドベンチャー(地上8mの高さでのアスレチック)に連れていかれた時は気の上でベソ掻きながら「縁を切ってもいいから下りさせてくれ」と懇願したことも在る。(結局最後のコースまで制覇したけど)

 


Forest Adventure OFFICIAL GUIDE MOVIE

本気でコワい。声が出ないレベルでコワい。

 

ただアトラクションは周り始めてしまえば最後。停まるまでは下りられない。
座席が傾いた瞬間に安全バーから安全じゃない音がした。
でももうリタイア権はない。
ドロップアウトしたら文字通りドロップするしアウトな最後を迎えることになる。

 

 

そんなわけで地獄の5分を体験してきました。
下で待ってくれていた隊員仲間には「意外と大丈夫だった」と言いました。

 

 

 

 

 

翌日はリゾート地方に移動。
人生初のシュノーケリング

 

「ダイビング(体験)2回やってるし余裕でしょ」と自信満々でウェットスーツを纏いボートに乗船

しっかりした船で沖まで3分ほど

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想像に難くないとは思いますがエンジンのついたボートが3分も進んだらどうなるか

 

結構な海に着きます。
波で船がガンガン揺れるくらいの海です。

シュノーケリングて 足の着くような浅いとこで

「キレイな石あったー」とか「サカナ見えたー」とかパシャパシャするやつだとオモッテタヨ

 

ヤヴァイ(2回目)

 

海水が口に入るとかのレベルじゃなくて
波にのまれるみたいなやつ

キレイな海への興味よりも恐怖が勝ってしまう

 

海 is kowai

 

顔もつけずに必死に立ち泳ぎをしてると
一緒になったブロンド女性(オーストラリア)に呼ばれる「ケントもこっち来なよ」
「オーケー、オーケー、ベリグー」

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結果:海めちゃんこ綺麗でした

さかなクンも見れたし

最後はボートに置いて行かれるくらいシュノーケル出来るようになりました。

 

ダイビング大好き隊員曰くダイビングよりシュノーケリングの方が危険だとか。
コワ。

人間ってライフジャケット無しでも浮けるんですね。


どちらの体験もめっちゃ怖い思いをしたけどいい経験だった。

今思うと楽しかったような気もする。

終わってしまえば何とでもいえる(笑)

 

 

 

 

自分が如何に臆病なのかがよくわかった。

 

ただ体験してみて思うのは
外で見ているのと実際に体験しているのでは見える景色は全然違うということ。

 

外で見てる方が怖い
実際は案外イケルみたいなやつ

体験しないとワカンナイ

 

色々考えてうだうだ言う前にやってみる。
ってのも時にはいいのかもしれない。

 

「Knowing and Understanding are different」


帰っちゃった先輩の言葉。まさにこれ。

 

いつか先生になった時に、知識ではなくて経験を語れる人間になりたい
だから協力隊に挑戦した。

 


コワいコワい。
けど、やってみたら大丈夫。

今回だけじゃなく今までに何度もこんな体験をしてきたからきっと次も大丈夫

 


やろうと思ってやらないこともあるけど少しずつ挑戦はしているので
これからも安易に「やろう」と思って行きます。

カメラ、ギター、料理 やろう!

残り1年もヤヴァイくらいの挑戦をしていきたいです。

次回は活動のことを書きます。

 

NO SWING
NO HIT!!!!!

 

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